「もしものとき、お父さんはどうしてほしい?」
——そう聞きたい気持ちはあるのに、いざ口に出すのはこわい。 縁起でもない、と怒られるかもしれない。元気な親に、終わりの話をするなんて。
そう感じているご家族はとても多いです。けれど、何も話せないまま入院や急変の場面を迎えてしまうと、家族は 「これでよかったのだろうか」 という後悔を長く抱えることになります。
この記事では、人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング) を、家族の側から無理なく始めるための具体的な手順をまとめました。専門書のような難しさはありません。「いまのうちに、ちょっとだけ聞いておく」 ところからで大丈夫です。
この記事でわかること
- 人生会議(ACP)とは何か、なぜ家族にとって大切なのか
- 厚労省ガイドラインが示す「いつ・誰と・どう話すか」の枠組み
- 家族が今日から始められる「最初の一言」の例
- 話したことの残し方と、専門職への伝え方
- 同じ気持ちを抱える人とつながる場所
人生会議(ACP)とは何か
人生会議は、厚生労働省が ACP(Advance Care Planning) の愛称として2018年に公募・決定した呼び方です。意味はとてもシンプルで、
もしものときに、自分が望む医療やケアについて、信頼する人たちと前もって話し合い、繰り返し共有しておくこと。
厚労省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」は2018年3月に改訂され、病院での延命治療だけでなく、在宅医療・介護の現場も対象に含める ことが明確化されました。医療・ケアチームのなかに 介護従事者 も位置づけられたのが、家族介護者にとって大きな意味を持つ変更点です。
毎年 11月30日は「人生会議の日」(いい看取り・看取られの語呂合わせ)として、各自治体や医療機関で考えるきっかけが設けられています。
「終活」とどう違うのか
似た言葉に「終活」がありますが、人生会議は モノやお金の整理ではなく、本人の気持ちと医療の選択を扱うもの です。
| 人生会議(ACP) | 終活 | |
|---|---|---|
| 主な対象 | 医療・ケアの意思決定 | 財産・モノ・葬儀の準備 |
| 進め方 | 本人と家族・医療チームの対話の繰り返し | 主に本人が手元で整理 |
| ゴール | 状況が変わるたびに更新する | 一通り済ませて保管する |
ACPは 「一度決めたら終わり」ではない のが核心です。厚労省ガイドラインも「心身の状態に応じて意思は変化しうる」ことを最重要前提として明記しています。
なぜ家族こそ早めに始めたほうがいいのか
統計が示すのは、「話せないまま最期を迎える家族が圧倒的に多い」 という現実です。
- 60歳以上を対象にした厚労省の調査(人生の最終段階における医療に関する意識調査)では、「最期をどこで迎えたいか」を家族とよく話し合っていると答えた人は 約3〜4割 にとどまります
- 一方で、約7割 の人が「家族には自分の希望を知っていてほしい」と答えています
つまり、「話してほしい人」と「聞いてほしい人」のあいだに大きなギャップ があるということです。
家族側にとっても、事前の話し合いがあるかどうかで負担が大きく変わります。話し合えていないまま救急搬送や急変の場面を迎えると、
- 治療方針(人工呼吸器・胃ろう・心肺蘇生など)を 数分単位で代理決定 しなければならない
- どの選択が「親の意思」なのか確証が持てず、決めた後にも自分を責め続ける
- 兄弟姉妹のあいだで意見が割れ、関係が長くこじれる
——こうした状況は、親が認知症かもしれないと思ったら──家族ができるケアと向き合い方で扱った「同じ立場の家族の悩み」と地続きです。判断の負担を、家族が一人で背負わずに済むようにする ことこそ、人生会議のいちばんの効用と言えます。
はじめての一歩:今日できる「最初の一言」
人生会議は、改まって会議室で「さあ始めましょう」とやるものではありません。日常の会話のなかに、小さな一言を差し込む ところから始めるのが現実的です。
きっかけにできる「やわらかい一言」例
- 親戚や有名人の訃報が話題になったとき → 「お父さんは、自分のときはどんなふうにしてほしい?」
- 退院・通院の帰り道 → 「もしまた入院することになったら、どこで過ごしたい?」
- テレビで延命治療のニュースが流れたとき → 「こういうの、自分のときどう思う?」
- 元気なとき、何気ない夕食どきに → 「もしものとき、誰に決めてほしい?私でいい?」
ポイントは、「いま決めよう」と迫らないこと。一回で全部を聞き出す必要はなく、「今日はこれだけ聞けた」 で十分です。
聞いておきたい5つのテーマ
繰り返しの会話のなかで、少しずつ次の5つを埋めていきます。
- 大事にしている価値観(自分らしさとは / 人に迷惑をかけたくないか、寄りかかってよいと思うか)
- どこで過ごしたいか(自宅 / 病院 / 施設)
- してほしいこと・してほしくないこと(食べられなくなったら / 意識が戻らなくなったら / 痛みが強いとき)
- 誰に決めてほしいか(医療上の代理決定者)
- 会いたい人・伝えたいこと(最期の場面で側にいてほしい人)
「親が話したがらない」とき
「縁起でもない」と一蹴されることもあります。そのときは無理に押さず、「気が向いたら聞かせて。私も聞いておきたいから」 と扉だけ開けておきましょう。話したくなる瞬間は、ある日ふいに訪れます。
話したことを、どう残すか
人生会議は 話し合いそのものが目的 であり、書類を作ること自体が目的ではありません。ただし、書き留めておくこと には大きな意味があります。
紙に残す方法
- 自治体や医師会が配布している 「私の意思表示シート」「もしもノート」 を使う(横浜市、神戸市、福岡市など多数の自治体が公開)
- 厚労省作成の冊子 「これからの治療・ケアに関する話し合い ─ アドバンス・ケア・プランニング ─」 も活用可能
- 日付を入れて保管(意思は変わるので、上書きを前提に)
介護そっとねっとを使ったゆるい記録
毎回ノートを開くのが負担なら、介護そっとねっとに「ひとりごと」感情タグで投稿しておく のもひとつの方法です。
- 「今日、母が『家で最期を迎えたい』と言ってくれた」
- 「父はやっぱり延命治療は望まないみたい」
匿名で残せるので、家族間で見せる前提の重さがありません。後から振り返ったとき、「あのとき、こう話していた」 という事実が、家族の判断を支えてくれます。
同じ気持ちを抱える方とつながりたいというご家族にとって、感情タグ機能はそのまま「人生会議の覚え書き」としても使えます。
専門職に伝えておく
書き留めた内容は、ケアマネジャー・主治医・訪問看護師にも共有 しておきましょう。在宅医療では、本人の意向が文書で残っていることで、救急搬送時の判断や訪問医の対応がスムーズになります。
在宅介護、何から始めればいい?──不安を減らす準備チェックリスト でも触れたとおり、専門職は「家族の代弁者」ではなく 「家族と本人を一緒に支えるチームの一員」 です。話し合った内容を共有することは、決して立ち入った話を持ち込むことではありません。
認知症が進んでからでも、遅くはない
「もう認知症が始まってしまった。話し合うのは無理かもしれない」——そう感じるご家族もいらっしゃいます。
けれど、人生会議は 「明確な意思表示ができるかどうか」ではなく、「その人らしさを家族と専門職で再構成していく営み」 です。
- 過去の口癖(「迷惑かけたくない」「家で死にたい」など)
- 好きだったもの、嫌いだったもの
- 元気だったころの選択や生き方
これらを家族・介護者・医療者が持ち寄ることで、「この人ならこう望むはず」 という推定意思を組み立てることができます。これは厚労省ガイドラインでも「家族等が本人の意思を推定する」プロセスとして位置づけられています。
認知症ケアの基本については親が認知症かもしれないと思ったら──家族ができるケアと向き合い方で詳しく扱っていますが、人生会議の文脈でも 「その人らしさ」を中心に置く という基本姿勢は変わりません。
一人で抱えないために
人生会議は、本人と家族の対話であると同時に、家族自身の心を整える時間 でもあります。
- 「自分が決めなければ」と思い詰めていませんか
- 兄弟姉妹のなかで、誰か一人に重みが偏っていませんか
- 専門職に「ここまで聞いていいのかな」と遠慮していませんか
介護がつらいと感じたら──介護疲れのサインと、心を守るセルフケア でもお伝えしたとおり、抱え込みは、いずれ介護そのものを難しくします。話したい気持ち・つらい気持ちを、安全な場所で表に出す——それも人生会議の一部です。
介護そっとねっとには、同じように親の「もしも」と向き合っているご家族がたくさんいます。匿名のひとりごととして書くだけでも、自分の気持ちの整理になります。
まとめ:完璧を目指さなくていい
この記事の要点(再掲)
- 人生会議(ACP)は、「もしも」のときの医療・ケアの希望を、本人・家族・医療チームで 繰り返し 話し合う営み
- 厚労省ガイドラインは2018年改訂で在宅・介護現場と介護従事者を明確に対象化
- 「最初の一言」は日常会話のなかから。一回で全部聞こうとしない
- 価値観 / 場所 / してほしくないこと / 代理決定者 / 会いたい人 の5テーマを少しずつ
- 書き留めて、ケアマネ・主治医にも共有する
- 認知症が進んでも、その人らしさからの推定は可能
- 抱え込まず、同じ立場の家族とつながる
人生会議に「正解」はありません。親の言葉を聞けた、その時間そのものが、家族にとっての宝物 になります。
今夜の夕食どきにでも、たった一言、聞いてみませんか。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な医療判断は主治医・かかりつけ医にご相談ください。
参考情報(一次情報)
- 厚生労働省 - 人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン
- 厚生労働省 - 「人生会議」してみませんか
- 厚生労働省 - 人生の最終段階における医療に関する意識調査
- 日本医師会 - 終末期医療 アドバンス・ケア・プランニング(ACP)から考える
本記事の編集方針・訂正ポリシーは 編集方針ページ をご覧ください。
よくある質問
人生会議は、もしものときに自分が望む医療やケアについて、信頼する人たちと前もって話し合い、繰り返し共有しておくプロセスです。厚生労働省がACPの愛称として2018年に公募・決定した呼び方で、在宅医療・介護の現場も対象に含まれています。
大事にしている価値観、どこで過ごしたいか、してほしいこと・してほしくないこと、誰に決めてほしいか(医療上の代理決定者)、会いたい人・伝えたいこと、などです。繰り返しの会話のなかで少しずつ埋めていきます。
毎年11月30日が「人生会議の日」です。いい看取り・看取られの語呂合わせで、各自治体や医療機関で人生会議について考えるきっかけが設けられています。
改まった会議ではなく、日常の会話に小さな一言を差し込むのが現実的です。たとえば訃報が話題になったとき「自分のときはどうしてほしい?」、退院・通院の帰り道に「また入院することになったら、どこで過ごしたい?」など。ポイントは「いま決めよう」と迫らないこと。一度で全部聞き出す必要はなく、「今日はこれだけ聞けた」で十分です。
自治体や医師会が配布する「私の意思表示シート」「もしもノート」、厚生労働省の冊子などに、日付を入れて記録します(意思は変わるので上書きが前提)。毎回ノートを開くのが負担なら、介護そっとねっとに感情タグで「今日、母が家で最期を迎えたいと言った」などと匿名で残しておく方法もあります。書き留めた内容は、ケアマネジャー・主治医・訪問看護師にも共有しておきましょう。
遅くはありません。人生会議は「明確な意思表示ができるか」ではなく「その人らしさを家族と専門職で再構成していく営み」です。過去の口癖(「迷惑かけたくない」「家で死にたい」など)、好きだったもの、元気だったころの生き方を家族・介護者・医療者が持ち寄ることで、「この人ならこう望むはず」という推定意思を組み立てられます。これは厚生労働省ガイドラインでも位置づけられたプロセスです。
ご利用にあたっての免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的として介護そっとねっと編集部が作成したものです。介護保険や医療・心理に関わる個別のご判断については、 お住まいの市区町村の地域包括支援センター、主治医、担当ケアマネジャー、または厚生労働省の公式情報をご確認ください。記事は2026.5.26時点の情報に基づきます。
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